お湯かけ七福神
七福神
■「湯の花通り」と「お湯かけ七福神」
■七福神スタンプラリー
■弁財天  知恵・芸能の神様
■寿老人  長寿・延命の神様
■福禄寿  寿命(長寿)の神様
■布袋尊

 予知・金運の神様

■毘沙門天  除災・軍事の神様
■恵比寿  商売繁盛・台所の神様
■大黒天神  五穀豊穣・福徳の神様

願い紙(神) ■願い紙(神)

今一番叶えたい願いは何ですか?
貴方の願いを湯の花七福神に叶えてもらいましょう。
販売方法
商店街加盟店にて100円にてお配りしております。
使用方法
包みを開けてますと中に願い紙(神)が入ってますので、ここに願い事を書いて下さい。願い事にふさわしい神様の石像前に行き、湯だまりに溶かし合唱した後、そのお湯を柄杓で七福神像にかけて下さい。
ステンドグラス

弁財天御輿
(城ケ崎高校
美術部製作)
■お湯かけ七福神祭り
毎年七月二十九日(シチフク)に湯の花通りで開催されるお祭です。
美しい弁財天の「ステンドグラス御輿」が担ぎ練り歩き、記念の餅まきが行われます。
加盟店による記念セールも催されます。
前回の特別催し
・お湯かけ七福神像建立式
・第一回湯の花金魚すくい大会
・加盟店による屋台

「湯の花通り」と「お湯かけ七福神」

伊東駅裏の山裾に、洞源山松月院があります。
もともと松原の地にあったこのお寺は、寛文年間(1661〜1672)の水害で流失し、泥の中に埋まってしまいました。
村の人々の汗の結集によって、あちこちに家も建ち、田畑の作物も実り始めた頃、僧の亀丹は水害を避け、眺めのよい小高い地を選び(現在の地)寺を再興させました。時に宝永三年(1706)のことでした。

それから十余年が過ぎた享保年間(1716〜1735)のこと、松月院の再興を祝うかのように、ほど近い天神畠という所から金像の「弁財天」が掘り出されました。
亀丹は早速、寺の近くに祠を建て、弁財天を納めました。その話を聞いた村人達は、こぞって「福を授かりますように・・・」、「祭りの笛がうまく吹けますように・・・」と松月院への坂道を足しげく登って来たそうです。

また、現在の湯の花通りかいわいには沢山の温泉が沸き、溢れるお湯が湯川(ゆがわ)となり、路傍のあちこちに湧き出る湯から「湯端」の地名が付いたのでしょう。
時空を越え平成の世に、21世紀への「人と自然」すべての幸福を願って、ネオ七福神を安置いたしました。
そして、いにしえの村人達が、疲れた体を温め癒したであろう伊東の象徴である温泉の湯けむりと融合して、湯の花「お湯かけ七福神」の誕生となりました。

紐とかれる何れの歴史にも必ず、はじめの第一歩があったように、湯の花通りの皆で育み、お客様に可愛がっていただき、より多くの皆様の耳に触れ、訪ねて下さいますことを願っております。
 尚、毎年7月29日(しちふく)を例祭として「お湯かけ七福神まつり」を実施しておりますので、是非お越し下さいますようお願い申し上げます。

湯の花共栄会会長  西島 彰

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